病気が原因の交通事故は誰が責任をとるの?

こんにちは、管理人です。

ドライバーが運転中に、突然てんかんや脳梗塞などを発症して失神したり、心臓や脳の病気などで急死したりしたことで、重大な交通事故が起きてしまったという悲しいニュースを耳にすることがあります。

このような病気が原因の交通事故が起きた場合、ドライバーとしては「運転中の突然の発作による事故で不可抗力だ」と無罪を主張するかもしれませんが、そうなると事故の責任は誰がとることになるのでしょうか。

ドライバーは何も責任を負わないことになるのでしょうか。

今回は、病気が原因の交通事故は誰が責任をとるのかについて解説します。

加害者の責任とは

加害者の責任とは

そもそも、交通事故を起こした際、加害者が負う“責任”にはどのようなものがあるのでしょうか。

加害者の3つの責任

交通事故を起こした加害者は、下記3つの法的責任を負うことになります。

  • 刑事責任(懲役、禁固、罰金)
  • 民事責任(損害賠償)
  • 行政上の責任(交通反則金、免許停止など)

これら3つの責任は、それぞれ別個の法的責任です。例えば加害者が病気により無罪となり刑事上の責任を負わないことになったとしても、民事責任や行政上の責任まで免れることにはなりません。

ただし、損害賠償を支払って民事責任を果たしたことにより、反省の情が認められて刑罰が軽減されたり、刑罰を科されたことで社会的責任を果たしたということで損害賠償が減額されたりするなど、関連性が全くないわけではありません。

4つ目の責任「社会的な責任」

法的責任は上記3つとなりますが、交通事故を起こした場合に加害者が果たすべき4つ目の責任として「社会的な責任」があります。

交通事故が起こった場合、一番辛い思いをするのは被害者です。加害者には、被害者や家族へのお詫びやお見舞い、そして事故の解決をきちんと最後まで見届けるといった、社会人としての良識に基づいた誠心誠意ある対応が求められます。

病気が原因で起きた交通事故の刑事責任

病気が原因で起きた交通事故の刑事責任

それでは、病気が原因で起きた交通事故の刑事責任について具体的に説明します。

まず、刑事責任とは、交通事故が車の破損などの“物損損害”だけではく、人に危害を与えるような“人的損害”があった場合に負うものとなります。

病気が原因で起きた交通事故の刑事責任については、『自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律』(以下、『自動車運転死傷行為処罰法』と略記)に、「危険運転致死傷」としてその刑罰が定められています。

危険運転致死傷罪となる6つの病気

2014年5月20日に施行された『自動車運転死傷行為処罰法』における「危険運転致死傷」の規定は下記のとおりです。

(危険運転致死傷)
第三条  アルコール又は薬物の影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、そのアルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を負傷させた者は十二年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は十五年以下の懲役に処する。
2  自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、その病気の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた者も、前項と同様とする。

引用元: (『自動車運転死傷行為処罰法』第三条

なお、第2項の“病気として政令で定めるもの”とは、法務省が公開している「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律に関するQ&A」サイトのQ4-4-1に対する回答によると、具体的に下記6つの病気が挙げられています。

ここでいう病気は,運転免許の欠格事由とされている病気の例を参考とした上で,自動車を運転するには危険な症状に着目して政令で定められており,具体的には
① 自動車の運転に必要な認知,予測,判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する統合失調症
② 意識障害又は運動障害をもたらす発作が再発するおそれがあるてんかん(発作が睡眠中に限り起こるものを除く。)
③ 再発性の失神
④ 自動車の運転に必要な認知,予測,判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する低血糖症
⑤ 自動車の運転に必要な認知,予測,判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈するそう鬱病(そう病及び鬱病を含む。)
⑥ 重度の眠気の症状を呈する睡眠障害
となっています。

引用元: 法務省「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律に関するQ&A

これら6つの病気のいずれかを患っている人が自動車を運転し、その病気が原因で人身事故を起こした場合、“走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で起こした交通事故”として、危険運転致死傷罪に問われることとなります。

突然の病気は刑事責任には問われない?

それでは、前述「2-1 危険運転致死傷罪となる6つの病気」に該当しない突然の病気、例えば、今までずっと健康だった人に突然脳卒中や心筋梗塞が起こり人身事故を起こしてしまった場合はどうなるのでしょうか。

この場合、発病前に飲酒や不眠不休等の要因が全くなく、突然のことで発作は予見できないものだったと認められれば、刑事責任を問われる可能性は低いと考えられます。

ただし、刑事責任を問われない場合でも、民事責任や行政上の責任については、別個の責任として発生する可能性があります。

病気が原因で起きた交通事故の民事責任

病気が原因で起きた交通事故の民事責任

続いて、病気が原因で起きた交通事故の民事責任について具体的に説明します。

民事責任とは、加害者から被害者に対して治療費や休業損害、壊れた車の修理代などの損害賠償を金銭で補填する、つまり“慰謝料”などのお金を支払う義務のことです。

損害賠償責任に関連する法律

交通事故の加害者は、原則として民法709条の規定により損害賠償責任を負います。

(危険運転致死傷)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

引用元: 『民法』第五章 不法行為 第七百九条

心神喪失者は損害賠償責任を負わない?

一方、病気などにより加害者が事故当時“心神喪失”状態となって運転していた場合、民法713条の適用により、加害者は“心神喪失者”として損害賠償責任を負わない可能性があります。

第七百十三条  精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。

引用元: 『民法』第五章 不法行為 第七百九条

しかしながら、民法713条には上記のとおり「ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。」という但し書きがあります。

例えば持病を患っている人が不眠不休状態で運転していたり、発作を抑える薬を飲み忘れていたり、医師に止められていたにもかかわらず運転していたりなど健康管理に問題がある場合は、加害者に過失があるとして民法713条本文は適用されず、加害者は民法709条による損害賠償責任を負います。

人的損害がある場合は自賠法3条も適用される

また、特に人的損害がある場合は、『自動車損害賠償保障法』(以下、『自賠法』と略記)3条に基づき、“運行供用者”としての責任も課されることになります。

(自動車損害賠償責任)
第三条  自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。

引用元: 『自賠法』第二章 自動車損害賠償責任

自賠法3条によると、運行供用者とは「自己のために自動車を運行の用に供する者」のことであり、“自動車の所有者”がこれに当たります。

従って、自分の車を運転していた場合は、運転者が運行供用者に当たり、会社の車を運転していた場合は、運転者だけでなく会社も運転供用者に当たります。

前述「3-2 心神喪失者は損害賠償責任を負わない?」で解説したとおり、加害者が“心神喪失者”として認められた場合、民法713条が適用されて民法709条の損害賠償責任は負わないこととなります。

しかしながら人的損害の場合、裁判例では「運転者の心神喪失は自賠法3条の但し書きにある免責事由には当たらない」といった解釈や、「民法713条は自賠法3条の運行供用者責任には適用されない」といった解釈をしており、たとえ刑事上は無罪の心神喪失事故であっても、自賠法3条による運行供用者責任は免れないとして、加害者に対し損害賠償を命じる傾向にあります。

なお、物的損害に関しては自賠法3条が適用されないため、心神喪失状態だった加害者に対して車の修理費等を請求するためには、民法713条但し書きによる賠償責任が認められるかどうか(加害者の健康管理に問題があるなどの過失があったかどうか)が重要になります。

病気が原因で起きた交通事故の行政上の責任

病気が原因で起きた交通事故の行政上の責任

最後に、病気が原因で起きた交通事故の行政上の責任について具体的に説明します。

行政上の責任とは、社会の治安維持のために行政官庁(警察、公安委員会)によって課される法的責任のことで、具体的には下記のような行政処分を受けることがあります。

・交通反則金の支払い
・違反点数
・免許停止
・免許取り消し

行政処分は民事責任や刑事責任とは関係なく、公安委員会が独自の判断で行うものであるため、仮に刑事裁判で無罪となっても、免許停止や取り消しになることがあります。

まとめ

まとめ

交通事故を起こした加害者は、それぞれ別個の責任として、「刑事責任」「民事責任」「行政上の責任」の3つの法的責任を負うことになります。

さらに被害者に対し、社会人としての良識に基づいた誠心誠意ある対応をするといった「社会的な責任」も負います。

病気が原因で起きた交通事故の場合、まず刑事責任については、『自動車運転死傷行為処罰法』に基づき、6つ病気(①統合失調症、②てんかん、③再発性の失神、④低血糖症、⑤そう鬱病、⑥重度の睡眠障害)のいずれかを患っている状態で運転して人身事故を起こした場合は「危険運転致死傷罪」に問われることとなります。

上記6つの病気に該当しない突然の発作等による人身事故の場合、飲酒や不眠不休等の要因が全くなく、発作が予見できなかったと認められれば、刑事責任を問われる可能性は低いと考えられますが、民事責任や行政上の責任については、別個の責任として発生します。

民事責任については、原則として民法709条により加害者は被害者に対して損害賠償責任を負いますが、病気などにより加害者が“心神喪失”状態で運転していた場合、民法713条の適用により、加害者は損害賠償責任を負わない可能性があります。

しかしながら、民法713条には「故意又は過失によるときはこの限りでない」といった但し書きがあり、薬の飲み忘れなど加害者の健康管理に何らかの問題がある場合は、加害者に過失があるとして民法713条本文は適用されず、加害者は損害賠償責任を負います。

また、特に人的損害がある場合は、自賠法3条に基づき、運転者や車の持ち主に対し“運行供用者”としての責任も課されることとなり、裁判例では、たとえ刑事上は無罪の心神喪失事故であっても、自賠法3条による運行供用者責任は免れないとして、損害賠償を命じる傾向にあります。

行政処分については、民事責任や刑事責任とは関係なく、公安委員会が独自の判断で行うものであるため、仮に刑事上は無罪となっても、免許停止や取り消しになることがあります。

従って、被害者の立場から見ると、人的損害がある交通事故においては、加害者が病気であった場合でも、自賠法3条に基づき損害賠償を請求することが可能だと考えられます。

一方で物的損害のみの交通事故においては自賠法3条が適用されないため、加害者に車の修理費等を請求するためには、加害者の健康管理に問題があったとして、民法713条の但し書きによる加害者の賠償責任を認めさせられるかどうかが重要となります。

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